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2008/08/02 06:09
1日放送の阿久悠さんの追悼ドラマには、なかなか感動した。
阿久さんが「人類の一番の発明は言語だ」といった言葉は特に感動した。
まさにその通りだと思う。
J-POPの時代になって、作詞も作曲も自身でやってしまう、いわゆるシンガーソングライターが主流になってきた。
阿久さんや都倉さんのような専門家(というより戦略家)が不用・・・とまではいわないが,少なくなってしまったのは事実だ。
シンガーソングライターを非難するつもりはない。
自分の伝えたい事を詩やメロディにのせるわけだから、これほどストレートに伝わるものはない。
と思うのだが、ぼくは正直、最近のJ-POPのシンガーソングライターには失望している。
とにかく歌詞にやたら英語を使っている。
<そこは日本語でいいのでは?>と思うところまで英語、英単語が羅列する。
自分の気持ちを伝えたいとき、自分たちはどうする?
例えば直接「好きです」といいたいとき、相手に「I love You」というのだろうか?
普通は日本語で言うだろう。
そうしないと伝わらないと思うのだが。。。。
<歌詞だからいいんだ>というのはいいわけでしかない。
歌詞に英語を使うのは、そのアーティストの作詞能力や語緯力の欠如を自ら表しているように思う。
つまり『たいしたアーティストではない』『ただのカッコつけ』ということだ。
そのうち消えて忘れられてしまうアーティストといっても過言ではない、とさえ思っている。
今、時代を超えて歌い継がれている歌のほとんどは「日本語主流の歌詞」だ。
(例外もあるが・・・)
<いい歌>と評価されているのも大半は日本語主流だ。
単にノリだけで作った歌はその場限り、つまりは人には全く伝わらない残らない駄作でしかなかったことにアーティストは気づくべきだろう。
阿久さんがコトバにこだわっている理由がよくわかる。
日本人ならば日本語をまず理解したうえで、作詞すべきだろう。
そんな感想をもってしまったドラマだった。
どんなにJ-POPが氾濫していても、歌詞に英語を入れる限り、阿久さんを超える作詞家は、出てこないだろうと確信する。
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